CX260は7:30朝のホンコンに到着。行きも帰りもビジネス席のすぐ後ろだったので、比較的早く降りることができた。さあ、ここで乗り継ぎゲートに行き、1階上の出発ゲートに移らねばならない。その前にスケジュールボードをさがし、9:10発名古屋行きCX530の出発ゲートを確認しなければならない。これがツアーでない旅、ふたり旅のややこしさであり、ちょっとスリリングなところでもある。まず上の階に上がる時点で失敗した。「離港」を乗り継ぎでないと理解したのだ。香港で降りるためのゲートだと。
これは、近くにいたひどく愛想の悪い女警備員に聞いてわかった。彼女はただ「Do you have a ticket ?」と聞いただけで、チケットを見せると、あとは上へ行く入口を声も出さずに指差しただけだった。再び通らねばならないセキュリティチェックの係官達もひどく無愛想だった。この国の人々は、愛想よくすると損だとでも思っているのだろうか。でもこれが、この国のカルチャーなのだろう。それを理解せねば。
ボードで見ると、どうやらトラムに乗らねばならぬらしい。今度は階段をいくつも降り、やっと満員のトラムに乗った。次にまた階段をいくつも登って、ようやくCX530の出発ゲートに着いたのだ。ホンコンの空港は新しく広いが、比較的分かりやすい。分かりやすいが、たくさん歩かねばならない。フライトの待ち時間が1時間40分しかないのでちょっとあわてたが、ここまで来ればもう大丈夫。あとは日本に向かう飛行機に乗りさえすればいい。
ユーロがまだ残っていた。Tは免税店でたばこを買いたいらしい。店員に換算してみてもらうと、やはり日本で買うよりずっと安い。けれど、ユーロは使えないと言う。彼女は近くにある両替のコーナーを教えてくれた。Tは残り全部、といっても50ユーロ札と少しだが、全部香港ドルに替えようか迷っているので、提案した。何故か英語で。
M : Why don’t you change thirty into Hong Kong dollar, and change twenty into Japanese yen.
30ユーロを香港ドルに替えて、20を日本円にしたら。
Tは「そうできたら一番いいのだけれど」、と言いながら窓口に向かった。全く問題なく分割両替ができて、Tはさっきの店でたばこを買い、私は残りのコインで水のボトルとキャンディーを2袋買って、最も不要なホンコン・ドルを消化することができた。
彼はまたsmokebox(喫煙室)に入って、そしてあの妙に縁のあるカップルのお兄ちゃんと出てきた。共にフランスの話をしていたらしい。車のガラスを割られて、shaburis(シャブリ)のワインを盗まれた話をしたら、『shaburiで買ったshaburiワインなんて、めちゃめちゃ価値あるじゃないですか』と言われた。
彼らはほとんど雨続きのパリで過ごし、1日Mont Saint-Michel(モン・サン・ミッシェル)に行って来たそうだ。私が「Just married ? (結婚したばかり?)」と聞くと、「新婚旅行の二次会みたいなもんです。初めは南の島に行ったんですが、嫁さんがヨーロッパに行きたかったと言うんで。」と言っていた。そして笑いながら付け加えた。「タイペイではもう降りませんよ」と。
CX260は定時に香港を出発。ほぼ1時間でタイペイに到着。着陸直後、後ろから興味深い会話が聞こえてきた。私よりやや若い母親が息子と思しき男性に尋ねる。
「香港からタイペイはどのくらいかかった?」
「9:10分に出て、10:55だから、2時間くらいかかるね。」
「タイペイから名古屋は?」
「11:55分に出て3:40だから3時間40分か…」
『あのー、それじゃ香港から名古屋はタイペイ乗り継ぎ1時間分を入れると7時間もかかることになっちゃうよ、時差を考えてよ、時差を』と心底言いたかったけれど、これもまた微笑ましいできごとではないのかと、やり過ごすことにした。大して海外旅行しているわけでもないのに、知ったかぶりするのは私たちの信条にそぐわない。この真っ正直な考えもまた楽し、だ。Tだって香港からパリへの時間を、テキトーに算出していたではないか。それにいつか時差に気付くものだ、遅かれ早かれ。たとえ気付かなくたって、何ら問題もないのだし。
行きと同じで、タイペイまでの間にサンドイッチが供され、名古屋までの間に食事が供された。乗り継ぎ便だと、忙しく食べ続けなければならない。私にはとても食べられなかった。もっとも、若い人には嬉しいことかもしれない。
CX530はいよいよ日本に近づいた。窓から下をながめていたTが、あれは宮崎の海岸だとか、あれは室戸岬だとか言う。その度にシートベルトを外して覗く。社会科の教科書どおりの海岸線が、雲の切れ間から望める。口蹄疫の騒ぎも、太地の漁師の葛藤も、ここまでは届かない。緑の静かで平和な島々が続いている。それが日本。いよいよ帰ってきた。今頃Dは何をしているのだろう。スイスに近い友人の家で、まだぐっすり眠っているのだろうか…。

名古屋は予想以上の暑さだった。毎日20℃前後の初秋の風が吹いていたフランスに慣れてしまっていて、この暑さはこたえた。たぶん、出発前と同じ猛暑だ。殊に、名古屋はいつも暑い。優に35℃は超えていそうだ。税関で、再びあのカップルに会う。どこの出身なのかを、初めて聞いた。三重県と答える。Tは、我々はこれから車を運転して信州に帰るのだと言った。不思議な縁だったけれど、世代も違うし、相手が求めもしていないので、住所もメイルも聞かずに別れた。Tは、「がんばれよ。すぐ別れるなよ。」と、彼らが立ち去ってから言った。「なんで?」「だって、男はいいやつそうだけど、かみさんがちょっと心配だよ。今風で。」
気の抜けるほど簡単に入国審査をパスして、ターミナルの外に出る。Tが電話するとじきに駐車場の迎えの車がやってきた。行くときのように、猛スピードで海辺の小さな駐車場に戻る。車に荷物を載せ、ラッシュを避けて湾岸から東海環状自動車道経由で中央道に出ることにする。半田の赤信号で右折車線に止まった時だった。左に空港からのバスが停車する。ふっと見上げると、なんとあのカップルの兄ちゃんが座っている。思わず手を挙げると、向こうも笑って手を振った。よくよく縁のある兄ちゃんだった。
刈谷のPAで夕食を買いこみ、夕暮れの東海環状を通って中央道に出る。飯田の付近は雷雨だった。すっかり肌になじんだ風景が窓の外に続く。まるで異次元の、夢の世界から現実に戻ったように思える。いずれ近いうちに、忘れないうちに、この旅を綴っておきたいなぁと、漠然と思い始めていた。